武雄温泉新館・楼門|辰野金吾は意外や庶民の味方⁉︎~建築徘徊115

建築徘徊
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2026年8月、人生初の佐賀県上陸。

武雄温泉に宿泊した目的は建築徘徊。

日本近代建築界の礎を築いた辰野金吾先生の作品を拝みます。

辰野先生といえば東京駅、東京駅といえば赤レンガの瀟洒な洋風建築。

そんな固定概念を吹き飛ばす意外な建物との邂逅。

KEYWORDS

東京駅丸の内駅舎、日本銀行本店、公衆浴場、銭湯、工部大学校、東京帝国大学

訪問記

♬今 何時? そうね だいたいね♬ 朝9時。

8月の佐賀は朝から灼熱地獄の如し。

だがしかし、辰野金吾先生のお誘いを受けたとなれば地獄がなんぼのもんじゃい。

辰野先生といえば、東京駅丸の内駅舎や日本銀行本店で知られる元祖巨匠建築家。

工部大学校造家学科(現:東京大学工学部建築学科)を主席で卒業。工学博士。従三位勲三等瑞宝章。

帝国大学工科大学学長、建築学会会長、早稲田大学建築学科顧問などを歴任。

泣く子も黙る威風堂々輝かしい実績を誇る日本近代建築界のゴッドファーザー。

不肖私、建築学科の113年後輩であることを声を小にして付記。

肥前国唐津藩出身で縁のある佐賀県に、なんと辰野先生設計の銭湯があるそうで。

銭湯ですゼ銭湯。庶民の味方、公衆浴場。

違和感ありあり。何かの間違いでは?

お宿を出たら徒歩1分で現地到着。

銭湯の入口にしてはあまりに立派な楼門が待ち構えていました。

国の重要文化財に指定されていますが、なんと2階に上がれるとのこと。

なんと見学受付は朝9時~9時半までとのこと。

知らずに行ったのですが、大変な僥倖でした。

日頃の行いは大事。天は自ら助くる者を助く。


釘を1本も使わない伝統的な和風意匠を基調としつつ、随所に新しい試みあり。

細かい話はさて置き、いちばんのネタは格子天井の四隅に配された彫り絵モン。

干支の子・卯・午・酉が各々北・東・南・西を睨みます。

残りの八支はどうしたのよ。不公平ちゃうん?

ご安心あれ。東京駅にいます。

丸の内駅舎の八角ドーム屋根に飾られたレリーフ。


武雄温泉の四支と東京駅の八支

堅く厳しい性格で「辰野堅固」の異名を取る先生らしからぬ?遊び心なのかどうかは諸説ある模様。

ご関心あらばコチラの渾身の記事をどうぞ。

ところで、あれに見えるは銭湯ではないか?

銭湯にそぐわぬ威風堂々ぶりですが、他にそれらしき建物が見当たらないので半信半疑で向かいます。

ごめんくさい。

玄関先は意外にも質素。小学校みたい。

奥へ進むと立派な大浴場が現れました。

広々した湯舟、天窓付き高天井、巨大温泉マーク。

どうやら本当に銭湯。

権威の権化のような辰野先生と庶民憩いの場の間に漂う猛烈な違和感は手拭いで拭うことにします。

風呂から上がって2階へ。

純和風の意匠にシャンデリアがぶら下がる大広間は、着替えや団らんの場だったと思われます。

1915年の開業から約60年間に渡って庶民の社交場として活躍、1973年に老朽化のためお役御免。

2003年に復元工事を終えた後に国の重要文化財に指定され、武雄温泉の資料館として今なお現役。

僅か20年前後で死に絶えるバブルの仇花建築とはモノが違い過ぎます。

願わくば、本来のお役目である銭湯として復活を遂げて欲しいところ。

約20年も先輩の道後温泉本館が夏目漱石先生の『坊つちやん』効果でまだ頑張っているのですから。

辰野金吾先生は意外とお茶目に『金ちゃん』なんて題の手記とか遺しておられないですかね。

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基本情報

武雄温泉新館・楼門
設計:辰野金吾+葛西萬司
竣工:1915年
場所:佐賀県武雄市
訪問:2026年8月

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