自らの意志で47都道府県の全てを訪問する旅はいよいよゴールが近づいてきました。
残る数県の中から2026年夏の旅先に選ばれたのは佐賀・長崎。
長崎は少年時に家族旅行の経験あれど、佐賀は全くもって未開の地。
メジャー観光地満載の長崎に対して、佐賀って一体何があるのでしょう。
はなわくらいしか思いつきません。
案ずるより産むが易し。いざ訪問!
大浦天主堂、雲仙温泉、雲仙地獄、隠れキリシタン、拷問、弾圧、踏み絵、烙印、長崎和牛
信じる者は救われない
2日目のお昼前、人気観光地の大浦天主堂へ。
驚いたことに国宝なんですってサ、奥さん!
ここで残念なお知らせ、その1。
堂内は撮影禁止。ほとんど写真がありません。
さらに残念なお知らせ、その2。
この先、感じたまんまに素直な感想を述べますが、キリスト教徒の方には不愉快な真実が含まれます。
気を悪くされる前にどうぞお引き取りを。

まずは天主堂の外観を見上げつつ記念碑を見物。
おフランスあたりから来たらしき神父と隠れキリシタンが出会う様子を表したものなんですって。


素朴な疑問。何語で会話してるんや。
江戸時代の長崎の農民っておフランス語が堪能だったのでしょうか。
それとも、熱意に溢れる神父が日本語を苦学習得したのでしょうか。
あるいは、お互い雰囲気で理解し合えたつもりだったのでしょうか。
いずれにせよ、Google翻訳もほんやくコンニャクもなかった時代です。
片田舎の農民が異国の宗教の複雑な教義(知らんけど)を正しく理解できたなんて信じられません。
「信じる者は救われる」とは言うものの、誤ったことを信じちゃったら救いがありません。
誰が責任を取るのですか。自己責任です。
さて、堂内および隣接する博物館を見学。


1597年、我が国初のキリスト教殉教者として名高い26人が磔の刑に処された事案を皮切りに、これでもかとばかりに美談?が披露されます。
いや、殺されちゃったら元も子もないって。
信仰が篤いことと狂信的であることの境目はどこ?
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知らない者は報われる
昼食に長崎チャンポンを所望するも、店はどこも大行列または品切れ。
あきらめてレンタカーで雲仙に向かいます。
1時間ほどで本日のお宿に到着すると、「旅館」の名からは想像し難いオサレな高級ホテルの装い。


雲仙地獄を見下ろす高台に建つ全身黒ずくめ「旅館」のカッコよさに建築好きの私は望外の喜び。
下調べをした上での建築徘徊も楽しいのですが、未知の建築との予期せぬ出会いもこれまた格別。
館内もこれまたオサレ。
黒・グレー基調のスタイリッシュな内装に杉板本実仕上げのコンクリート柱が映(バ)えます。


客室バルコニーから雲仙地獄を優雅に見下ろすなんて、ここはさながら極楽浄土の装い。


ここで時計の針を早回ししてオサレな夕食ご紹介。
どれも文句なしに美味ですが、1つだけ異議あり。
長崎和牛って柔らかいのね。
未だ立派な自前の歯が健在で歯ごたえある赤身の肉を好む私は、見た目はしっかり赤身ながら食感フニャフニャな長崎和牛にギャップ萌え萎え。

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踏まない者は殺される
ここで時計の針を巻き戻して雲仙地獄巡りに出発。
ホテルを一歩出ると地獄。Welcome to hell.
遊歩道が完備された安全な地獄を徘徊death.


道中「地獄内は危険です 環境省」の看板に爆笑。
「そりゃそうやろ」と思いつつもご忠告に感謝!
ところで地獄って環境省の管轄なんですね。
なんとなれば、ここ雲仙は1934年に我が国初の国立公園に指定された地。
てな訳で、鬼も閻魔さまもすべからく自然公園法を遵守する義務が生じます。
違反内容や悪質度に応じて、1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金など科されますのでご注意を。
獄中で反省する鬼や閻魔さまを見てみたい気も…
な~んて茶化してますが、確かに辺りは硫黄の異様な匂いと常軌を逸した蒸気が立ち込め不穏な空気。


江戸時代には隠れキリシタンの拷問場として地獄本家にまでその名を轟かせたそうです。知らんけど。
この先、その残忍至極な手口が描写されますので、お子さまとホラー嫌いな方はどうぞお引き取りを。

地獄のショーは以下の手順で繰り広げられました。
- 絵踏
地域住民全員を集め、キリストやマリアが描かれた「踏み絵」を強いられる - 取り調べ
絵踏を拒否した者や密告された信者は奉行所にて棄教を迫られる
拒むと指を切断されたり、額に「吉利支丹」の焼印を押される(「肉」の焼印にあらず) - 拷問
雲仙地獄の熱湯をかけられ、皮膚がただれ肉が腐り骨が露出する激痛を与えられる
排泄物を溜めた穴で逆さ吊りにされ、こめかみや耳の後ろを切られて血を抜かれる
海や川で十字架に縛り付けられ、首まで水に浸かって激しい波を体に浴びせられる
こんな鬼も引いちゃう過酷な拷問に屈せず、耐え抜いた後に殉教した人がいるなんて信じられません。
私なら絵踏であっさり降参。合理的に考えて絵を踏まない手(足か…)はありません。
表面上は棄教を装いつつ、心の中では信仰を捨てなければよいだけのこと。
何人たりとも心の自由を奪うことはできますまい。
殺されちゃったら元も子もないって。
神様だって、みすみす信者を失うよりも生き延びて信者勧誘に励んでもらう方が勢力拡大できてお得。
これぞウィンウィンの関係。
てな訳で、「地上の楽園」とかじゃなくて人権の保証された近代日本に生まれてよかった、と心の底から思えるような地獄絵図を堪能しました。
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