ことばは生き物、変化していくのが当たり前。
確かにそうかもしれません。
然して!
生まれることばあれば死んでいくことばあり。
使うのは恥ずかしいけど愛着を捨てきれない。
そんな憎めない死語を墓場から掘り返す企画、名付けて「死語硬直を解き放て」
レトロブームの昨今、ワンチャン復活あり!?
コンプライアンス、ズル、インチキ、姑息、卑怯、面従腹背、出世の秘訣、てへぺろ
ノーカン【名詞】
誕生から死に至るまで
つい最近、某企業の標語で「世界線」ということばを知りました。
ある出来事に対する選択肢に応じて枝分かれしていく別の世界・可能性、みたいな意味。
ヤサグレ会社員の私が退職を決断しなかった世界線では恋々と社畜に甘んじる日々、みたいな感じ。
そして私はここで小学生時代にタイムスリップ。
忌まわしき過去を思い出します。
箸と鉛筆は右でも運動は左なのに「左利き用は高いから」と無慈悲な両親に右利き用グローブを与えられて野球が下手になった、あの過去を。
そして公園デビュー! 近所の広場で年上の子たちの野球に混ぜてもらいます。
左バッターボックスに立ってバットを構え、ピッチャーのおにいちゃんが投げるボールにスイング一閃!
スカッ!×3 ⇒ 三球三振。全くかすりもせず。

今のはノーカンにしたるわ
次は球をよ~く見て振るんやで

うん、ありがと!
スカッ!⇒ 四球四振 orz
あの屈辱は今も忘れません。
しかし彼らが無慈悲なイケズだったなら、今頃の私はグレて自宅にひきこもる無職のプータローという世界線を辿っていたに違いありません。
あれ? 現実の世界線と変わりないな。
あれ? 右利きグローブは関係ないな。
ともかく半世紀前の当時、ノーカンには思いやりや優しさ、そして隣人愛が詰まっていました。
無慈悲な現代社会で然るべくして死したこのことばの生涯をさぁ共に慈しみますよ。アーメン。
お相手は大阪育ちのChatGPTチャコちゃん。

死語「ノーカン」が生まれて流行り、死んでいった経緯を教えて

ことばとしては軽いのに、時代の空気をぎゅっと閉じ込めた“カプセル語”なんよな
誕生
両親はともに英語の”no“と”count“
愛し合ってできた子がカタカナ語ノー・カウント。
愛称ノーカン。
戦後のスポーツ実況などで広まり、日常語に流用されることに。

青春
1980〜90年代にかけて爆発的に流布。
- 子どもの遊び →「今のナシ!ノーカン!」
- バラエティ番組 → 罰ゲーム回避ノリ
- 若者文化 → 失敗をごまかす軽口
都合の悪いことをなかったことにする便利ワード。
緩さが許されたおおらかな時代のユーモアワード。

晩年
2000年代に入りジワジワ消えていく。
- コンプライアンス重視
今の価値観ではズルいという評価 - デジタル管理社会到来
システム管理されて記録抹消不可
これを一言で表すなら「世知辛い」
さぁみなさんご一緒に。セ・チ・ガ・ラ・イ!

死去
世間に忘れられ孤独な寝たきり生活を続けてひっそり息を引き取ったため死亡日時は不詳。
あえて言うなら平成後期。享年70くらい。
ことばとしては短命なれど、多くの人々を絶望の淵から救った紛うことなき英雄であった。

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死語の世界からの復活
いま私は会社員時代を振り返って涙しています。
エエ歳こいた中年になっても懲りずに上司や先輩に正論ブチかまして嫌われた挙句の要注意人物扱い。
ヤサグレた晩年は「上司を上司とも思わない」と陰口(私には褒めことばですが)叩かれ腫れ物扱い。
かく言う私も「我が生涯に一片の悔いなし‼」とは言い切れず、時には悪夢にうなされることも。

すんません言い過ぎました
昨日の暴言はノーカンで

あなたの気持ちも分かります
今回は水に流しましょう
な~んて世界線がある訳ないか。
「私、座右の銘が『面従腹背』なんです」と公言する厚顔無恥が組織のトップに登り詰める。
「私、座右の銘が『強きを助け弱きを挫く』なんです」と姑息に立ち回る輩が立身出世する。
世も末だよ。
おおらかな昭和の、今風?だと「てへぺろ」のかほり漂うノーカンなんて1㍉たりとも復活の目なし。
せいぜい無慈悲で不条理な恐怖映画『ノーカントリー』がリバイバルヒットするくらいかなっ。
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