母上との別れ
狭い囲いの中とはいえ、家族水入らずの生活が始まってほどない頃。
遠く離れた別の部屋に母だけが独り隔離されることになった。
1日に数度の授乳時を除き母に会うことができない。
母と吾輩らは淋しさのあまり「クゥーン、クゥーン」と互いを呼び合うのだが、非情なブリーダーは一顧だにしない。
これがじきに養子として外の世界に旅立つ吾輩らの親離れ訓練だったことは、随分と後になって分かった。
さはさりとて、生まれて1ヵ月も経たぬうちに母と引き離される悲しみは如何ばかりか。
人間の赤ん坊は何年もの間、母の庇護のもとでぬくぬくと暮らすではないか。
柴犬は生まれて1年で人間の17歳相当にまで成長するらしい。
然るに、吾輩が人間ならば1歳半~2歳ほど。
離乳には妥当な時期だ。悔しいのう悔しいのう。
そうこうするうちに、吾輩らの食事は母乳からフニャフニャした茶色い練りものに変わり、母には一切会うことができなくなった。
いわゆる乳離れというやつか。
母が恋しいが、想いは叶わず。
さようなら、母上。
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末弟との別れ
母との別れに傷心する吾輩に間髪入れず新たな悲しみが訪れる。
弟が死んだ。
赤毛の末っ子は生まれた時から犬一倍からだが小さく、1か月経ってもほとんど変わることがなかった。
医者が頻繁にやって来ては必死に何らかの措置を施しすのだが、その甲斐なく帰らぬ犬に。
華奢な母が一度に7頭もの子を産んだことから察するに、吾輩らは他の犬に比べて体格に劣るのだろう。
隣家とは壁で仕切られていて見えないのだが、じゃれ合う彼ら3頭の動きの激しさは吾輩ら6頭のそれを遥かに凌駕しているようだ。
もしや吾輩らは「豆柴」という部類なのだろうか。
豆柴は正式な犬種ではなく、成犬になったときの体格で判断されるようだ。
つまりは結果論である。
残された我々6頭、からだは小さくとも末弟の分まで元気に長生きすることを誓い合った死別の夜。
さようなら、末弟。
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生家との別れ
件の夫婦は昨年末以来、毎週やって来ては吾輩の写真を撮って帰る。
おかげで人間の赤子を圧倒的に上回る速度で成長する吾輩の貴重な成長記録となった。
読者諸兄にも見て頂こうではないか。






生後18~53日、1週間毎の「今日のワンコ」
どうだ、かわヨいだろう?
おっと、夫婦とブリーダーの会話が聞こえる。
どうやら来週末、吾輩はこの夫婦のもとに養子に出ることが決まったようだ。
乳離れと母離れは終えた。
父は生まれてこのかた、一度たりとて会ったことがないからどうでもよい。
末弟との死別も経験した。
兄弟姉妹と別れる覚悟はできている。
この狭い囲いの外に待つ世界は如何ばかりか。
指折り数えて旅立ちの日を待つことにしよう。
さようなら、兄弟姉妹。
さようなら、生家。
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