異母姉の存在といふもの
生まれて2週間ほど経った頃のことである。
快適なお産室から追い出され、多くの柴犬が暮らす大部屋に移された。
吾輩ら7頭と母が加わって、20頭ほどがひしめくタコ部屋状態。犬なのに。
家族ごとに金属製の柵で区画されていて先住犬たちにいじめられる心配がないのはよいのだが、それにしても賑やかなことである。
この狭い囲いの中で、行方不明の父を除く家族水入らずの生活が始まった。
さて、それから数日後の年の暮れ。
兄弟姉妹と遊んでいると、とある人間夫婦がブリーダーとともにやって来た。
どうやら隣の囲いで暮らす黒毛女子を養子に引き取る段取りが進行中のようである。
彼女は吾輩より1ヶ月ほど先に生まれた異母姉。
行方不明の父に似て、遠くを見つめる少し小さな目が内に秘めた勇ましさを感じさせる。

吾輩の異母姉
夫婦は異母姉を恐るおそる抱きかかえては「かわいぃ~」を連発し、写真を撮りまくっている。
語彙力が乏しいのだろうか。少し心配である。
しかし、お気楽そうに見えた夫婦の表情は帰る間際になって真剣な眼差しに変化した。
吾輩たちの方をチラチラと見ながらブリーダーに何やら相談を持ち掛けている。
そして年が明けると事態は急変する。
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チェンジ制度といふもの
年明け早々に例の夫婦が再びやって来て、吾輩らが暮らす囲いの前で足を止めた。
ブリーダーが手際よく黒毛3姉妹を引っ掴み、夫婦の眼前にヌッと突き出す。

黒毛3姉妹(吾輩は中央)
語彙力の件は杞憂だったようで、夫婦は3姉妹を眺めすがめつ勝手なことを言い募る。
「キャバクラと同じで・・・」などといった男の話し声が微かに聞こえるが、委細知らず。
そうこうするうちにブリーダーが吾輩を掴み上げてハサミで尻そばの毛に切り込みを入れた。
どうやら吾輩を識別するための措置のようだが、果たして事情が呑み込めない。
何より不可解なのは、異母姉に接する夫婦の態度が先週と全く異なることである。
カメラを向けることさえせず遠巻きに眺めるのみ。
ブリーダーの「情が移るので抱っこしないがよい」との声でようやく状況把握に至った。
噂のチェンジシステムが発動したようだ。
つまりこの夫婦、異母姉をやめて吾輩を養子に迎えることにしたらしい。
「青天の霹靂」、否、広い世界に出たいと切望する吾輩にとっては「渡りに船」の事態であるが、チェンジの理由が分からないのは薄気味が悪い。
しかし、ここは下手を打って夫婦がまた心変わりしないよう猫を被っておくのが得策だ。犬なのに。
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養子の心構えといふもの
どうやらあの夫婦に見初められたらしい日の4日後、背中を突然の激痛が襲った。
パルボウィルス対策のワクチン注射だそうだ。
致死的な嘔吐や下痢を引き起こす恐ろしい病気の感染予防とのことで、背に腹は代えられぬ。
これから1週間、安静を保つために人間との接触を最小限に留めなければならない。
従って、2日後にやって来た例の夫婦に愛嬌を振りまいて取り入るのは次週までお預け。
代わりにブリーダーが再び3姉妹をムンズと掴み上げ、夫婦の目の前にグイッと差し出す。

黒毛3姉妹(吾輩は右側)
夫婦は3姉妹の区別が付かずに戸惑っている様子。
尻そばの刈られた毛が吾輩の目印なのだが、この体勢では確認も難しかろう。
それはそうと、吾輩はこの夫婦が我が姉妹に心移りをしてしまわないかと気が気ではない。
異母姉から吾輩にあっさりチェンジした前科を考えると、あながち杞憂とも言い切れまい。
晴れて養子として引き取られる日まで1ヶ月ほど。
眠れぬ夜は続きそうだ。
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