ことばは生き物、変化していくのが当たり前。
確かにそうかもしれません。
然して!
生まれることばあれば死んでいくことばあり。
使うのは恥ずかしいけど愛着を捨てきれない。
そんな憎めない死語を墓場から掘り返す企画、名付けて「死語硬直を解き放て」
レトロブームの昨今、ワンチャン復活あり!?
普段着、外出着、家族連れ、お出かけ、こども、ハレとケ、世界に1つだけの花、白装束
よそ行き【名詞】
誕生から死に至るまで
私がまだ幼稚園児だった昭和50年頃。
両親に連れられて出かける際は必ず団地の隣の部屋に住むおばちゃんが出てきて猫なで声で訊きます。

そんなよそ行きの格好してどこ行くん?

デパートに買い物に行くねん
すっかりヤサグレた今の私なら警察にストーカー被害を訴えるところですが、まだ純粋だった当時の私は素直にゲロって両親苦笑い。
フォーマルな意味は以下の通り。
【よそ行(ゆ)き】
1. よそへ行くこと、外出すること
2. 外出するときの衣服や持ち物
3. ふだんと違った改まった言葉や態度
しかし、私の肌感覚ではお子ちゃま相手にのみ使うことばで、読みは「よそいき」
大のオトナに対して使うと無礼/上から目線/バカにしてると反発されかねない危険なことば。
この感触が全国共通で普遍的なものなのか、昭和の関西限定のものなのか、トンと分かりませぬ。
そんなモヤモヤを抱えつつ、大阪育ちのChatGPTチャコちゃんといつものように雑談開始。

「こどもの外出時のオシャレ」の意味の死語「よそ行き」が生まれて流行り、死んでいった経緯を教えて

ええテーマやね
ことばの一生がきれいに見える典型標本やと思う
誕生
終戦前後(昭和20年頃)、家の外=他所(よそ)へ行くときの服装を指す生活実感ど真ん中のことばとして誕生します。
特にこどもは
- 服の枚数が少ない
- 汚す前提で遊ぶ
- 外で恥をかかせたくない
ことから、普段(家・田畑・路地)と他所(訪問・外出・晴れの場)の服装がはっきり分かれていました。

青春
昭和30~50年代の高度経済成長期に入ると、こども文化のキーワードに成長します。
- こども服が少しずつ豊かに
- デパート・写真館・親戚訪問の機会が増える
- 晴れ(ハレ)と穢(ケ)の意識がまだ強い
こうした世相を背景に、ことばの意味合いがクッキリハッキリ定着します。
まるで親の頭の中では「家の中の子」と「外に出す子」が別キャラ扱い。

晩年
昭和末期〜平成初期に時代の空気が変わります。
- 服の役割の変化
普段着と外出着の差が縮小
見た目より動きやすさ重視でカジュアル化 - 育児観の変化
こどもが飾る対象から主体に
親の価値観が管理型から見守り型へ - ことばの変化
きれいめ、フォーマルなどの代替語が登場
これらの結果、外出時専用の服は不要となってよそ行きは古風な響きと化します。
また、社会は世間体・生活感を嫌い、機能性・実用性が好まれるように。

死去
平成中期に入り、時代は風雲急を告げます。
- 家と外を強く意識する価値観
- こどもを外向けに整える文化
- 共同体の目線を意識する社会
これら全てが弱まり、ことばの意味が土壌ごと失われることに。
こどもに通じず若者は使わないようになり、悲しい末路を迎えます。
終戦の頃に生まれた後21世紀初頭に還暦を迎えて即ご臨終、享年ほぼほぼ60。

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死語の世界からの復活
よそ行きが息も絶え絶えの2002年、『世界に1つだけの花』という歌が世に出て大ヒット。
♬No.1にならなくたっていい もともと特別なOnly one♬
一律の競争社会を脱して一人ひとりが個性を尊重することの大切さを多くの人が意識するキッカケに。
今にして思えばジェンダーフリー・ダイバーシティ・LGBTQ・Woke社会の到来を予言していたのかなっ。
ありのままの自分が大事。
無理に着飾らんでええし。
そんな現代の世情に鑑みて、世間体を気にするが故のよそ行きムーブに復活の目はないのか・・・
いや、ワンチャンあり。
新型コロナ禍でブームとなったテレワーク(在宅勤務)を覚えてますかぁ?
ビジネスパーソンや大学生はこぞってステイホームでオンラインミーティング。
あなたも身に覚えがあるでしょう?
上半身はスーツにネクタイ、下半身はパンツ一丁。
ダメですよぉ、画面に映らなくともちゃんとズボンやスカートを着用しましょうね。
これぞ現代版よそ行きの格好。

そんなよそ行きの格好してどこ行くん?
警察にストーカー被害を訴えたいところですが、おばちゃんは随分前によそ行き白装束で旅立ったはず。
つまり私はいまVR(幻覚)を見ている?
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